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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20292号 判決

主文

一  被告丸国証券株式会社は、原告に対し、金五八万円及びこれに対する平成四年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分しその一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、金五〇八万八五三四円及びこれに対する平成四年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  被告丸国証券株式会社(以下「被告丸国」という。)は、証券取引を目的とする株式会社であり、被告株式会社富士銀行(以下「被告銀行」という。)は、銀行業務を目的とする株式会社である。

2  渡辺昌行(以下「渡辺」という。)は、被告銀行から被告丸国の錦糸町支店(以下「被告丸国支店」という。)に出向し同店営業部長の職にあり、海老原裕之(以下「海老原」という。)は、同支店営業部で渡辺の部下として原告を担当した従業員である。

3  原告は、平成三年九月一三日、被告丸国支店において、証券取引のための信用取引口座(以下「本件信用取引口座」という。)を開設した。

4  原告は、被告丸国支店との間の証券取引に関し、信用取引保証金及び信用取引保証代用証券として、次のとおり、株券及び金員を預け入れたほか、信用取引約諾書貼用印紙代四〇〇〇円を同年九月一八日に納付した。

平成3年9月12日 THK株式 一〇〇株

同年9月18日 現金 三〇万円

同年10月3日 THK株式 一〇〇株

同年10月16日 THK株式 五〇〇株

5  原告は、被告丸国支店の海老原を通じて、次のとおりの信用取引(以下「本件取引等」という。)をした。

(一) 平成3年9月18日 若築建設株式

八〇〇〇株 単価一〇八〇円

(二) 同年10月4日 日産化学工業株式

一〇〇〇株 単価一〇一〇円

6  被告丸国支店が原告から預託を受けた信用保証代用有価証券は、THK株式七〇〇株(以下「原告預託証券」という。)である。

7  被告丸国支店は、原告に対し、保証金の追加預託を催告したが原告がこれに応じなかつたので、原告預託証券を売却処分しその代金を取引損金三二七万三二七〇円に充当したとしてその旨を平成四年三月五日に通知し、同年四月二日、千葉銀行西千葉支店の原告名義の預金口座に金二一八万〇四六六円を振込送金した。

二  争点

1  被告丸国支店は、原告に対し、平成三年一〇月三日、預かり保管中の信用保証金三〇万円を返還したか。

2  被告丸国が原告に本件取引等を行わせたことについて、次の事実が認められるか。

(一) 証券会社においては、女性に信用取引による証券取引を勧誘してはならないのが慣行であるのに、被告丸国はこれに違反して女性である原告に本件取引等を行わせたことによる適合性原則に違反する事実

(二) 渡辺もしくは海老原が若築株式の値上がりを断定的に判断して原告の売却委託を断念させた事実

(三) 原告が被告丸国支店に対し、平成三年一〇月二二日、若築株式八〇〇〇株を指し値一〇四〇円で売り注文をしたにもかかわらず、被告丸国支店がこれを執行しなかつた事実

3  前項(一)、(二)及び(三)の事実が存在した場合、本件取引等は無効となり、原告は、原告預託証券等の返還請求ができるか。

4  仮に本件取引等が有効であつたとしても、渡辺及び海老原の原告に対する本件取引等の対応には過失があるか否か。

5  本件取引等における原告の損害について

6  被告銀行は、銀行法に違反して渡辺を通じ本件取引等に関与したか否か。

第三  争点に対する判断

一  争点1(信用保証金三〇万円返還の有無)について

《証拠略》によると、被告丸国支店は、平成三年一〇月三日、原告に信用保証金三〇万円を返還し原告はこれを受領していることが認められ、原告の重ねての返還請求は理由がない。

二  争点2(一)(適合性原則違反の事実の有無)について

1  信用による証券取引は、現物取引と異なつて小額の保証金もしくは代用証券の提供をもつて多額の取引が行えるという意味において、いわゆるハイリスク・ハイリターンの取引であることから、証券取引に経験のないもしくは浅いもの、資産的にゆとりのないものに信用取引の顧客になることを勧誘してはならないとか、強引な勧誘を禁止する旨の厳しい規制が証券業界にあり、さらに、多数の証券会社において、女性顧客についても同様な観点から規制が行われているが、それは、一般に女性が証券取引等専門的知識及び経験に乏しい場合、証券取引にともなう激しい駆け引きに巻き込まれやすく、証券会社従業員の言いなりになる恐れがあるため、それを保護する必要から女性一般をできるだけ信用取引の分野に関与させないための配慮として、女性を信用取引の顧客としてはならない旨を社内規制しているにとどまるものである。

2  かかる観点から本件事案を見たとき、原告は、被告丸国と本件信用取引を行う以前から信用による証券取引を他の証券会社で経験し、本件信用取引についても原告の方から被告丸国支店に電話で問い合わせて自宅に後に担当となる海老原を呼んで自らが積極的に信用取引を申し込みさらに本件買付け委託をしているのであるから、仮に被告丸国が女性である原告を信用取引の顧客にしたことに問題があつたとしても被告丸国サイドから証券取引に無知な原告を信用取引に勧誘したものでもなく、また、原告が被告丸国から本件買付けを押しつけられて本意に基づかないで委託したものでもない(原告としては若築株式を一万株買い付けたいと申し込んだが、提供してあつた信用保証株式との見合いから八〇〇〇株の執行に終わつていることから見ても明らかである。)以上、本件取引が適合性原則に違反するとの原告主張は理由がない。

三  争点2(二)、(三)(渡辺もしくは海老原の若築株式についての断定的判断の提供の有無及び原告の平成三年一〇月二二日付売り注文の有無)について

1  本件取引等とりわけ若築株式について、原告と海老原との間で原告の売り注文を海老原が執行しなかつたという問題で平成三年一〇月二二日から同年一一月一八日までに原告からクレームをつけていたことが窺われるが、いずれも原告からの明確な売り注文であつたかについては定かではなく、原告から「売りたいと思うがどうしたらよいか。」と持ち掛けられて海老原が「相場の様子をもう少しみてからにしてはどうか。」というやりとりがなされ、結局のところ、原告の海老原に対する若築株式についての相場の見通し等の相談の域を出ていなかつたものと見るのが相当である。

2  原告は、若築株式について、平成三年九月一九日から同年一〇月二二日までの間に数回に渡り被告丸国に売り注文をだしたにもかかわらず、渡辺または海老原が断定的に値上がりの判断を押しつけて原告の売り注文を撤回させ、もしくは売り注文を無視してこれを執行しなかつたと主張し、これに沿う《証拠略》を提出するが、いずれの証拠も以下の理由により信用できない。

原告は、被告丸国との本件取引等を行う以前に数社の証券会社と証券取引を行い、いずれもトラブルを生じて取引を止めており、いわゆるトラブルメーカー的性格が窺われ、本件においても後述のとおり、出向社員渡辺の出向元である被告銀行に対し正常の取引で生じた損害の賠償を求めたり、自ら進んで行つた信用取引の損害の責任を免れるべく、適合性原則違反を理由に本件取引等は無効であると主張したり、また、返還を受けている信用保証金三〇万円を重ねて請求したり、平成三年九月一二日預けのTHK株式一〇〇株が同月一八日に代用証券に切り換えられているにもかかわらず、たまたま被告丸国に返還すべき受領書が返還されずに手元に残つていたことから、同日付預け入れのTHK株式一〇〇株は別途預け入れたものであると主張することに窺われるように、事実と遊離した無理な法律論で糊塗してまでも自己主張を固持し、証拠上明らかに無理な事実を主張したりすることは、原告提出の証拠に窺われる具体的な被告丸国との交渉過程そのものも自己に有利になるための陳述であると解するほかなく、どこまでが事実に則したものか疑わしく信用できない。特に、一〇月二二日の原告の若築株式の一〇四〇円の売り注文については、当日の相場が始値九九八円、高値一〇四〇円は終値として付けられたものであり、原告の陳述の食い違うものであることが明らかであり、海老原が当日朝に原告に一〇四〇円の相場を連絡した旨の原告供述は信用できないものである。

3  しかし、海老原及び渡辺の各証言と併せ考察すると、原告が平成三年一〇月二二日以降の売り注文について「成り行きで売り注文するけれど、売却損を負担しない。」との条件付で売り注文を出し、その結果、海老原は、同年一一月八日に至り、若築株式について原告とトラブルが発生した旨を渡辺に報告して被告丸国としても原告との間に証券トラブル(以下「本件トラブル」という。)が発生したことを確認した事実を認めることができる。

右事実の前提として、海老原が一一〇〇円までの値上がりが期待できるからそれまで様子を見たらどうかといつたことに対し、原告がその意見を入れて売り注文を控えてきたが、一向に一一〇〇円の相場が立たないことから、原告としては海老原に対し、海老原が一一〇〇円を見込めると予想したので売り注文を撤回したのであるから一一〇〇円を補償してほしいとの申し入れをするに至り、やがてはそれが断定的判断の提供にあたるとしてその責任を海老原に求めたものであることが窺われる。海老原の予想が断定的判断であるか否かは俄に即断しがたく、前記認定のとおり、原告の争訟態度からみて単に海老原の言葉尻を捉えて非難するにすぎないものと解するのが相当であり、海老原が断定的判断を提供したものと認めることはできない。

四  争点3(本件取引等の効力)について

前記認定のとおり、本件取引等を無効とする事実は認められず、原告主張は失当である。本件取引等が原告の自由意思及び適正な判断に基づいて行われたものである以上、なんら私法上無効となるものではないことは明らかである。

五  争点4(本件取引等における渡辺及び海老原の過失の有無)について

1  右に見たとおり、本件取引等の成立については被告丸国において責任を負うべき問題は何ら認められないが、原告が本件右トラブル発生ののちに、売却損を負担しないと条件を付けながらも繰り返し提出していた若築株式の売り注文(以下「本件売り注文」という。)について、これを無視してその執行をしなかつた被告丸国の対応は、証券会社として顧客との間で生じたトラブルを早期適切に処理しないで信用取引期限まで売却処分を引き延ばし、顧客にトラブル発生時での売却差損より大きな売却差損を与えたこととなり、結果的に顧客の損害を拡大させたのであるから、その点について被告丸国の過失が問われてしかるべきと思料されるので、以下検討することとする。

2  顧客が売り注文に条件をつけている場合、証券会社としてはこれを正規の売り注文と解することができないから、これの執行をしなかつたからといつて、なんら証券取引法上の責を負うものではないが、本件の如く顧客との間でトラブルが発生して早期に解決すべき事態にあるときは、当該顧客との間で生じているトラブルの内容が売却損の責任をいずれが負うべきかの問題であり、顧客との信頼関係の回復が困難で進展が望めないような場合においては、信義則上、証券会社としてはできるだけ売却損の幅を少なくし顧客にできるだけ損害を与えないように配慮すべきであつて、トラブル発生時において速やかに執行すれば損害の拡大を防止でき、かつ、顧客の履行期間の経過を待つて売却処分をしたのでは、当該株式相場の下落の蓋然性が高く損害の拡大することが予測できたにもかかわらず、いたずらに右期限を経過させ、売却処分の結果損害を拡大させた場合には、処分を後らせて損害を拡大させた証券会社にもその責任の一半は存するものと解するのが相当である。

株式相場の下落という点において、トラブル発生時と実際の売却時との差額をトラブル発生時に予測できないのは当然であるとしても、右期間内にトラブル発生時の価格を一度も回復することなく経過し、結果的に、差額を拡大させた場合には、下落の蓋然性を認識しながらそれをいたずらに看過したものと解するのが相当である。

右認定に基づき、拡大させた損害について証券会社の負担すべき割合を検討するに、トラブル発生後の損害については、証券会社と顧客が折半するのが公平の原則にも合致することに鑑み、拡大させた損害の五割相当額を証券会社に負担させるのが相当というべきである(そう解することによつて、顧客とのトラブル発生後は証券会社自身が自らの計算において顧客の売り注文を真摯に受けとめ損害の拡大を防止することができ、顧客とのトラブルの早期解決ができることになるからである。)。

六  争点5(原告の本件取引における損害額)について

本件トラブルの発生した平成三年一一月一八日には、若築株式の終値は九〇〇円であり、被告丸国が平成四年三月三日に売却処分した価格は七五五円(争いのない事実)であつて、その差額は一四五円で合計売却損が一一六万円であることが認められ、前記認定により、その五割である五八万円を被告丸国が負担するのが相当である。

七  争点6(被告銀行の本件取引への関与の有無)について

銀行の社員が証券会社に出向し、同社の社員としてその業務を行つた場合、銀行と証券会社が特段の事情により同一の企業と見られるような関係があれば格別、そのような関係になければその効果が銀行に帰属するものでないことは論ずるまでもない。

そこで、本件において右の特段の事情が認められるかを検討するに、原告が、融資を受けた被告銀行稲毛支店から被告銀行の子会社である被告丸国の錦糸町支店を紹介され、同店へ出向の渡辺がその証券取引を担当した事実が認められるけれども、右取引により被告銀行がなんらかの利益を得たというような事実もなく、単に、被告銀行の子会社であると紹介された原告が、信用の置ける証券会社であると信用して本件取引等を行つたに過ぎない場合、被告丸国の独立して行つた証券取引について、被告銀行が取引上の責任を負うべき特段の事情は認められず、他に特段の事情について立証もない本件においては、被告銀行に関する原告の主張(被告銀行が銀行法に違反する旨)は、その余について判断するまでもなく失当である。

八  まとめ

よつて、被告丸国は、原告に対し、若築株式の売却の執行時期をいたずらに逸したことにより、原告に与えた不当な損害として五八万円及び本件請求に関する調停申立書送達の日の後である平成四年九月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による損害金の賠償責任を負うものというべきであるから、その限度で原告の請求は理由があるので認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 沢田三知夫)

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